いわき市を代表する名湯・いわき湯本温泉が県内有数の観光地としての復活の岐路に立っている。いわき湯本温泉旅館協同組合加盟27軒のうち、5軒が観光目的などの一般客、7軒が復興作業員を専門に受け入れ、残りの15軒が双方に対応する「すみ分け」をしながら営業を続けている。観光客を呼び込みたいが、風評被害による宿泊客の減少で、全ての旅館が一般客のみで営業できる状況になっていない。さらに復旧復興の推進に不可欠な作業員の宿舎を確保しなければならないというジレンマを関係者は抱えている。
■耐えるしか
いわき湯本温泉は「三函(さはこ)の御湯」と呼ばれ、開湯は奈良時代にさかのぼるとされる。愛媛県の道後、兵庫県の有馬両温泉とともに「日本三古泉」として知られる。豊富な湯量に加え、JR常磐線や常磐自動車道沿いで最大の温泉地としてにぎわっていた。
体験交流型観光イベント「いわきフラオンパク」の開催などで交流人口の拡大につなげてきたが、東京電力福島第一原発事故の発生以降、宿泊客の足は遠のいたまま。その一方で、周辺のアクアマリンふくしま、スパリゾートハワイアンズなど各種施設が再開し、同温泉の観光地としての復活に期待を寄せる関係者は多い。
しかし、一般客を専門に受け入れる「雨情の宿 新つた」のおかみ・若松佐代子さん(55)は「客足は戻りつつあるが、風評被害の影響は根深い」と唇をかむ。
旅館は明治10年創業の老舗だ。平成23年9月まで広野町の2次避難所となり、一時は町民約70人を迎え入れた。震災前まで従業員約70人を雇用していたが、震災後は家族5人だけで避難者の対応に当たった。避難所の閉鎖に合わせて一般客専門の形態に戻し、24年3月に再出発した。
ただ、関東圏を中心に誘客しても、思うように客を呼び戻せず、現在も平日は空室が目立つ。1月の利用客は約1300人で、平成22年1月に比べると6割程度にとどまる。 「原発事故が完全に収束すれば、観光客に安心感が生まれるはず。今は耐え抜くしかない」と自分に言い聞かせる。
■利益少ない
作業員専門の旅館は、現在は盛んに行われている復旧事業が今後ピークを過ぎて、宿泊者数が減る懸念を抱えている。さらに受注業者が作業の長期化を見据えて自前の宿舎を設ける傾向にあり、経営への不安に拍車を掛けている。
ホテル柏専務の小松厚司さん(36)は「作業員の宿泊にできる限り協力し、被災地の復興を支えたい」と話す。ただ、「作業員の宿泊が減れば、経営が成り立たなくなる旅館が出てくるかもしれない」と険しい表情を見せる。ホテル柏は客室14室で、震災前と同じ従業員10人を雇用している。地物の魚を使ったいけす料理を売り物にしていたが、原発事故でいわき沖の漁は自粛されたままだ。仮に一般客の受け入れを再開しても、自慢のサービスを提供できる状況にはないという。
旅館協同組合によると、作業員の宿泊費は1日5000~7000円に抑えられているため、電気代などの経費を考慮すると利益は少ない。一般客に軸足を移そうとしても、1度解雇した従業員が他の仕事に就くなどして呼び戻しにくいため、一般客の受け入れに二の足を踏む旅館もあるという。
■両立にも悩み
双方の客を迎える宿泊施設にも悩みはある。「湯の宿 美笹」のおかみ・安島祥子さん(63)は「規模が小さな旅館で完全に両立させるのは難しい」と明かす。
最大約40人の宿泊が可能だが、作業員の宿泊が大半を占める。一般客の利用はわずかで、県外からの宿泊はほぼ皆無という。一般客の宿泊に備えて食材を余分に確保しておくことはできず、一般客の当日予約には対応できない日もある。
作業員の宿泊要請が急に舞い込む日も少なくなく、「(旅館の)収容人数を考えると、一般客から宿泊予約があっても受けるかどうか迷ってしまう」と頭を悩ませる。
背景
いわき湯本温泉旅館協同組合によると、避難者と作業員、一般客を合わせた平成23年度の宿泊客数は約32万5000人。単純比較はできないが、一般客と日帰り客を集計した22年度よりも約2万2000人増えている。しかし、24年度に入り、作業員の宿泊が減った結果、24年4月から12月までの宿泊客数は約17万4000人で、原発事故後の23年度同期よりも約8万3000人減った。また、客単価の低下に伴い売上高は大きく落ち込んでいる。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)